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高校三年生の12月にもなれば、少しは真剣に将来のことを考える時期じゃないだろうか。あと数ヶ月で卒業だ。大学受験までもう幾日もない。それでも奈々は、相変わらずおバカで、ギャーギャーと教室の隅で騒ぎ、必死で英単語を覚えようとしているマジメグループから冷たい視線を送られていた。
ぼく、相沢直もまたマジメグループの一員ではあったが、奈々の大きな声や、絶叫にも似た笑い声を聞くのは、そう嫌なものでもなかった。見ているだけで元気になれたし、何というか、こいつとずっと一緒にいれたら幸せなんだろうなあ、と、胸の奥で思ったりはしていた。
奈々はぼくのことを、直先生、と呼んだ。別に自慢するわけじゃないが、頭が良かったのだ、ぼくは。奈々はよく、ぼくに質問をしてきた。例えばこんな風に。
「直先生! はっくってしちじゅうにだよねー!?」
これはつまり「8×9って72だよね?」という意味だ。高校三年生がするような質問じゃないが、一週間前に「はっくってしちじゅうごだよねー?」と質問してきたことを思えば、大きな進歩だ。
「正解。よく出来ました」
と、冗談めかして頭を撫でると、何の邪気もない顔でニコニコと笑う。卒業まであと3ヶ月。そうしたら、この奈々の笑顔も見納めかと思うと、胸が少しちくっとした。
嬉しそうに、飛び上がって喜ぶ奈々が、何かを落とした。ふと、目をやる。それは可愛らしい便箋だった。奈々が慌てて拾い上げる。「す、直先生! 今の、見てないよね!?」
「え? み、見てないけど......」
ぼくの胸は、さっきより一層ちくっとしていた。見てしまった。その便箋には、分かりやすくデカデカと、おバカな文字で「ラブレター」と書かれていた。
(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。
貴重な自習の時間にも関わらず、机の上に置いた数学の参考書の公式は、一つも頭に入らない。確かに、噂は聞いていた。奈々が、他校のギャル男に恋をしてるらしい、って噂を。まあ、そりゃそうだ。よく見りゃ可愛い顔立ちだし、ぼくみたいなマジメな、というか暗い男よりは、明るくて快活な男のほうが、奈々にはお似合いだってこともよく分かってる。
でもせめて、卒業までは、このままでいたかったのだ。恋や愛じゃなかったとしても、彼女の笑顔を今のままの気持ちで、そばで見ていたかった。......文字にすると、だいぶ痛い。でも青春っていうのは、たいていそんなものだろう。
もやもやとした、このよく分からない感情のやり場に困っていると、後ろから背中をペンで突つかれる。振り返ると、奈々が座っていた。たまたま空いていた、ぼくの後ろの席に移動してきたらしい。
「直先生。漢字、得意?」
「漢字? まあ、君よりは得意だと思うよ」
「あのさあ、教えてほしい漢字があるんだけど」
何だ? 急に勉強する気にでもなったんだろうか。理由は分からないが、まんざら悪い気もしなかった。漢字の勉強なんて、彼女が好きなギャル男には教えられないだろう。ちょっとした優越感。情けない話だが、それでも嬉しかった。奈々が自分を頼ってくれるということが。
「うむ、良かろう。それでは奈々くん、どんな漢字が知りたいのかな?」
「あのね。その......」
彼女はちょっと照れたような顔をして、
「『好き』って漢字って、どう書くの?」
さっきまで後生大事に抱えていたちっぽけな優越感は、見事に砕け散った。そうか。そういうことですか。数秒前の自分を蹴り上げたい。奈々は、大好きなギャル男へ綴るラブレターの漢字を、知りたかっただけなのだ。
よっぽど、席を立ってしまおうかと思った。切ないというか、悲しいというか、急に世界に一人ぼっちになった気がした。でもぼくを見つめる奈々は、いつもの笑顔とは違い真剣そのもので、ぼくはもうその表情を見て諦める。
彼女が直先生を頼ってくれているのなら、その力になろうとしてあげないでどうするんだ。ぼくはもう、彼女の笑顔から沢山の元気を貰っていて、そのお礼をしてあげられないで、そんなのはいくら何だってカッコ悪すぎるだろう。
ぼくは奈々の質問に、先生として、正解を教える。彼女は本当におバカだから、沢山の漢字を教えてあげなくてはいけなかった。
『好き』『一目惚れ』『片思い』『一緒』『楽しい』『尊敬』『結婚』『夫婦』『永遠』そして『愛してる』。
奈々は直先生の指導のもと、漢字のお勉強をしながらラブレターを完成に近づけ、ぼくはその間、ずっと彼女の顔を見ていた。卒業まであと3ヶ月。こんな近くで彼女の顔を見られる機会もそうそうないだろうから、かえって良かったじゃないかと、自分を慰めながら。
学校のチャイムが鳴る。正直、ほっとした。この胸の苦しさに、これ以上耐えられる気はしなかったから。ぼくは席を立ち、じゃあな、と帰ろうとする、その後ろ姿を奈々が呼び止める。
「あ、直先生、最後にもう一個だけ!」
「何だよ? まだあんの?」
「あのさ、直先生の住所、教えてよ」
その言葉は、あまりに唐突で、ぽかんとした。振り返ると、奈々もまた、不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「え? ......私、なんか変なこと言った?」
「変なこと、っていうか......」
もしかして。ひょっとして。勇気を出して、質問してみる。
「あのさ......奈々、その手紙、俺に送るつもりなの? その......何というか、ラブレターを」
奈々は心底びっくりした顔をしている。
「えー!? 何でラブレターって、分かったの!?」
忘れていた。奈々は本当におバカなのだった。分かるだろ、そりゃあ。そんな漢字ばっかり使ってたら。奈々のびっくりした顔は、恥ずかしそうに、赤く染まっていく。
二人の甘酸っぱい沈黙を、ぼくが破る。
「あのさ。先生として教えるけど、ラブレターって、あんまり郵送で送らないから。普通、直接渡すものだからな」
「え......そ、そうなんだ......」
奈々は、ついさっき書き上げた、彼女なりに精一杯の漢字を使ってしたためたラブレターを便箋に入れる。そしてそれを、ぼくに渡す。
「ふ......ふつつかなラブレターですがっ......!」
何だ、その変な日本語は。思わず笑ってしまう。でも、ぼくを見つめる奈々の目は真剣そのもので、彼女の笑顔が見たいぼくは、
「よく出来ました」
と頭を撫でる。そして彼女は満面の笑みを浮かべる。心の底から、嬉しくて仕方ないという笑顔で。
きっとこのラブレターには、誤字や脱字が沢山あるに違いない。だからゆっくりと時間をかけて、直先生が添削してあげようと思う。きっとそのたびに彼女は、素敵な笑顔を、ぼくだけに見せてくれることだろう。
(相沢直)
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