ぼくが悪いわけじゃない。ぼくのせいではない。悪いのは社会だ。ぼくのことを認めようとしない、社会が悪いのだ。
高校を卒業して役者を目指し、もうかれこれ15年にもなるだろうか。初めは夢があった。舞台の上に立つだけで、どんな端役であっても胸が躍った。華はないにせよ、芝居の確かさは多くの人が認めてくれたし、いつかは売れると信じていた。
それがどうだ。周りで売れていくのは、コネと人脈作りに長けた軽薄なやつらばかりだ。芝居の巧さなんてまるで関係ない。何の勉強も努力もしていないやつらが、ヘラヘラとぼくの横を追い抜いて行く。気付けば15年、冷や飯続きだ。もう戻れない。かと言って、道の先にはかすかな光さえ見えないのだった。
とにかく腹が減っていた。もう三日もろくに食べていない。さすがに限界だった。これが人間の生活と言えるか。なかば理性を失った頭でぼくは考える。これは現実じゃない。これはお芝居だ。そしてぼくは役者だ。そう考えたら、楽になった。芝居には自信がある。そしてぼくは、演じることにした。
真っ白なほっかむりをかぶり、あからさまな泥棒をぼくは演じる。この辺りの住宅街は、昼間は人気もなく、空き巣の役を演じるにはもってこいだ。これはお芝居だ。実際に、誰か知らない人の家に入り込んで、金を盗むことにはなるが、それはぼくのせいではない。ぼくという役者の、芝居の才能を認めようとしない、社会が悪い。
目星はつけた。窓を割って、外から鍵をあける。そう長く時間をかけずに立ち去ろう。芝居の幕は開いた。そしてブロック塀に手をかけたぼくに、後ろから、女性の声が届く。
「コラッ!」
慌てて振り向くと、そこにいたのは、武井咲によく似た女の子、というか、武井咲その人だった。彼女はぼくに駆け寄って、手錠をかける。
「窃盗の現行犯で、逮捕します!」
そしてぼくは、武井咲に、逮捕されてしまったのだった。
(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。
ドラマで使う小道具とは言え、実際に手錠をかけられてみるとひどく重い。武井咲は申し訳なさそうな顔で鍵を使って、ぼくの手錠を外してくれた。
しかし、安心したり、感謝するわけにはいかない。ここが役者の腕の見せ所だ。ぼくはひどく迷惑そうな顔をして言う。
「まったく。リハーサルでこんなに痛い思いをするなんてね」
武井咲は再びぼくに頭を下げて、
「ホントにごめんなさい! 私、お芝居になると、周りが見えなくなっちゃって......」
と、反省している。危なかった。テレビはあまり見るほうじゃないから知らなかったが、彼女は警察官役のドラマをやっているらしく、今日の収録現場がちょうどこの家だったらしい。奇遇にもそのシーンは、彼女が空き巣を捕まえるという場面だったらしく、ぼくの姿を見つけた彼女は、思わずぼくのことを逮捕してしまったというわけだ。
当初の予定は狂ってしまったが、本物の警察官に逮捕されなかっただけでも運が良かった。胸をなで下ろし、武井咲を見ると、まだ落ち込んでいるようだ。少しだけ、罪悪感もあって、ぼくは声をかける。
「でも、ずいぶん入りが早いんだね。まだ撮影スタッフも来てないようだけど」
彼女はぼくの目を見て、申し訳なさそうに言う。
「私、まだ、お芝居あんまりうまくないから......。現場には早く来て、その場所の空気をつかまないと、うまく役に入れないんです」
何だか、胸がきゅんと痛んだ。役者を志したばかりの自分も、そうだったから。自分の出番じゃなくても、板の上の空気を吸って、少しでもその役になり切ろうとしていた。あれはもう、どれくらい前の話になるだろう。
そんな気持ちなんてもちろん知らず、武井咲は憧れのまなざしをぼくに向けている。
「でも、すごいですね! ほっかむり、似合ってます! 本当の泥棒さんみたい!」
「え? あ、ま、まあね......」
褒められてる、ってことで良いんだろうか。こっちは本当の泥棒さんになるつもりだったんだから、複雑な気持ちではある。
「ぜひ、教えてくださいっ! どうやったら、お芝居ってうまくなるんですか!?」
言葉につまる。武井咲のまなざしはあの頃の自分そのままで、胸の奥がきりきりと痛んでしまう。でも、ぼくは精一杯考えて、答える。あの頃の自分だったら、きっとこう言うだろう。
「芝居を......芝居を、ずっと、好きでい続けるってことかな」
武井咲は、真剣そうに、ふむふむとうなずいている。
「何があっても、諦めないで、負けないで。ずっと好きでい続けるっていうこと。それだけ守ってれば、絶対いつか、うまくなるよ」
彼女は笑顔で敬礼ポーズだ。
「勉強になりますっ!」
と、遠くから、何人かの声が聞こえてきた。どうやら撮影スタッフがやって来たらしい。まずい。もう退散しないと。だけどぼくは、たった一つ、彼女に聞いておきたいことがあった。
「あのさ。俺のこと見たとき、すぐに役者だって思った? 本物の泥棒だとは思わなかったかな?」
武井咲は不思議そうな顔を一瞬して、笑いながら首を横に降る。彼女はぼくに言う。
「だって、そんなキレイな目の人が、悪い人なわけないじゃないですか!」
すごくキレイな目を輝かせて、武井咲はぼくにそう言ってくれた。
「あ、ほら、行きましょう。もう撮影始まっちゃいますよ!」
ぼくはちょっと考えて、
「ごめん、先に行って、待っててくれるかな? すぐに、追いつくから」
彼女は怪訝そうな顔をするけど、向こうへ走って行く。一人残されたぼくは、こっそりと身を隠し、そして現場を後にする。
泥棒役もろくに出来ない、キレイな目をしてるから悪人に見えないなんて、とんだ大根役者だ。いちからやり直そう、とぼくは思う。ちゃんと、お芝居を、いちから。あの日、あの頃、芝居のことがどうしようもなく好きだった気持ちは、まだぼくの胸の奥に残っているようだった。
ぼくは走りながら、白いほっかむりを空に投げる。それは白旗のように、青空の下ではためいた。そう、今日のところは、武井咲に勝ちを譲ろう。先に行って、待っていてくれ。すぐに追いつく。絶対に、追いついてみせるから。
(相沢直)
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