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島田荘司作品、初の映画化!『幻肢』に行き着く本格ミステリーの系譜とは

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これは以前から私が主張していることなんですが、「21世紀本格」と呼ばれるべき、「本格ミステリー」創作の新しい方法論の、主軸的発想から導かれるものです。


「本格ミステリー」は、1841年にアメリカで発表された、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』という小説から発生しました。これは大きくくくれば、「幽霊憚」の流れに与するホラー的な物語なのですが、それまでの幽霊ストーリーと根本的に異なる点は、作者が当時欧米に起こっていた「科学革命」の洗礼を受けていることです。

不可解で神秘的な現象を前にしても、これを軽々に幽霊現象ととらえることをせず、したがって怨霊の崇りなどに怯えることをせず、現象の背後には合理的な理由があると信じ、科学発想でもってこの理由を解体し、説明をつけようとする考え方。この物語の背後には、そういう新時代の発想が、背骨として存在していました。
そして警察も、現場で得た捜査のための各材料を、特権意識を持つことなく読者に開示し、説明します。これは当時の民主主義的な発想と、陪審制裁判のルールを反映したものです。
かくして、まったく新しい、科学による幽霊物語が誕生し、この影響下に「本格ミステリー」という新しい文学のジャンルは発動しました。

続いて1887年、イギリスのコナン・ドイルが、ポーのこの考え方を正確に継承し、シャーロック・ホームズという科学者の探偵を創造します。この小説群の大成功によって、この文芸の存在感は決定的となり、世界中に定着しました。

続いて1920年代のアメリカに、ヴァンダインという作家が登場して、自身の信じる最も面白い「本格ミステリー」のあり方を提唱し、大ぜいの作家や読者がこれに同意しました。これが今日の、必ず殺人事件、怪しげな館などの閉鎖状況、ここに出没する怪しげな住人たち、彼らのプロファイルの、早い段階でのフェアな読者への開示、現場に外来する名探偵、読者がすでに心得た材料だけを用いる彼の推理、そしてついに読者を出し抜く、予想外の犯人の指摘、といった今日の「本格ミステリー」の条件が、ここに完成するわけです。

こういう整頓発想は、表意文字が表音文字に転換したことにも似て、ポー流の考え方を大きく転換、民主化し、書き手の幅を広げ、「本格ミステリー」というジャンルのすそ野を広げました。
ヴァンダインの創作論は、野球のようにルールの遵守を勧めていて、結果として科学発想は棄て、殺人事件の犯人探しを目的とする、舞台劇的なゲームとすることを提案していました。かくして、「本格ミステリー」の黄金時代はすみやかに築かれます。

しかしそれからまた数十年という時間が経過し、モルグ街からは170年という年月が経過した今、ポー流の考え方も、ヴァンダイン流の考え方による創作も、弾丸を打ちつくしてしまいました。こうしたふたつの考え方のみでは、もはや新しいトリックやアイデアを発見しにくくなり、欧米の「本格ミステリー」は、開店休業の状態に陥ってしまいます。
新世紀、この文芸ジャンルをさらに発展させ、21世紀の奥深くにまで延命していくためには、まったく新しい弾薬庫が必要です。

それが私には、「脳科学」という学問の、最新の成果群に見えているわけです。
ポーが採り入れた19世紀の最新科学と較べれば、21世紀の最新科学は比較にならないほどの進化を見せており、幽霊現象に対しても、まったく新しいアプローチを見せています。こういう新しい知見を物語に採り入れていくという試みは、必ず試されるべきです。

さて、幽霊現象とは何でしょうか。
ここに5人の人間がいて、彼らの全員が前方の暗がりに幽霊を見たのであれば、そこに物理的に何かが存在したのでしょう。しかし、中の1人だけが見たのであれば、その人物の脳の故障を疑う方が合理的です。新世紀、脳科学は目覚ましい進歩を遂げ、人間の脳が、実際に神、天使、幽霊をその持ち主に見せるというプロセスの存在を、明らかにしつつあります。

その卑近な例が「幻肢」です。これはアメリカの南北戦争の時代から、世に知られるようになってきた症例です。
戦場で手や足を失った兵士が、にもかかわらず、自分の手や足が未だ体に付いていると確信する現象のことです。周囲の人には見えていない彼の手が、当人の目には見えており、シャワーを浴びれば、存在しない腕の肌を、水滴が伝い落ちていく感覚がリアルに体感されます。その幻の指を折りながらの計算もできます。幽霊とは、この「幻肢」が、丸ごと人間の姿に成長したものと理解することができてきます。

この幻想は、時には音楽や、神的な啓示をともない、神とか天使の姿になることもあります。
脳というケミカルな精密マシンが、ある特殊な状況下、ある特殊な働き方をして、その持ち主にこうした不思議な体験をさせます。
こういう神秘的なプロセスが、今や才能ある科学者たちによって、徐々に突きとめられてきました。

21世紀の最新科学が到達したこの驚くべき知見は、19世紀にポーが求めてやまなかった不可解現象の、21世紀における発現、それとも解明と理解することもできます。
島田荘司の『幻肢』という物語はこのように、「本格ミステリー」という文芸ジャンルの、170年間の歴史経過を背景にしたシンボル的な現象であり、映像という表現手段は、活字以上にこうした世界を、上手に観客に伝えるはずです。



しかし、現象を支える理論は、たぶん文章の方が綿密に伝えられるでしょう。
映像と、これを裏打ちする活字による理屈の解説。こうしたコンビネーションは、新世紀の幽霊現象をよく表現し、またよく解体もするはずです。映画と連動するこういう計算的な営みこそは、「本格ミステリー」というジャンル延命のための、一片のクリスタルなのです。

【参照リンク】
・映画『幻肢』公式サイト
http://genshi-movie.com/ 

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